光と闇

光と闇

光と闇

「良い事をすれば良い事が帰って来る。悪い事をすれば悪い事が帰って来る。それが宇宙の法則なのよ。」と言う言葉が母の口癖でした。

だから、誰も見ていなくても誰に褒められなくても、自分が正しいと思うことをして人に親切にしていい事をして生きなさいと教えられました。

母は私を育てる中で沢山の光を見せてくれました。

希望の光、優しさの光、愛の光…

光の中で育った私は明るく活発な健康少女に育ちました。

しかし、未熟な私は光の中で育つ事を当たり前だと思い、母の愛情や優しさに麻痺してそれも当たり前の事だと思い感謝の心を忘れてしまいました。

思春期になると家族や母への感謝の気持ちが薄れ友達との遊びが楽しくて家族を大切にしなくなりました。

そして20歳で家を出て一人暮らしを始めました。

それからは、これまでの人生では考えられないくらいの苦労をしました。

これまで出会ったこともない人種の人たちに出会い、心を傷つけられたり騙されたり、踏みにじられたり…汚い人たちに沢山出会い心が傷つく事が沢山ありました。

30歳までの10年間をかけて傷つく事ばかりで、頑張っても頑張っても泥沼にはまって出て来られない日々が続きました。

しかし、その中で家族の大切さや母の愛情、本当の愛とは何かに気が付きました。

そして今まで当たり前だった事が当たり前じゃなかった事、全てが特別だった事に気が付き始めました。

この苦労が無かったら、きっと私は気がつけなかった。

苦労したからこそ、大切なものや真意が見えてきたのだと今は思います。

光を見たものは必ず闇を見なければいけない運命にあると言います。

闇の中でこそ光は見えるからです。

光だけでは本当の輝きにはなれないのです。

闇を経験してこその光であるからこそ価値があると母は言います。

これ以上の闇はもういいと思う私ですが、私なりに闇を経験してそれでも母の愛である光を見失わなかった。

私が今生きていられるのは家族の愛・光があったからだから…

これからの人生は家族を大切にしていきたいと思っています。

大阪婚活パーティー

アユの姿焼きにそっくり

似ているどころの騒ぎじゃありません。パッと見れば本物そのもの。写真で見たら、本物と区別がつかなさそうです。お酒のおつまみとして出したら喜ばれそうな、アユの姿焼き。箸でつついて食べたくなるところですが、実は和菓子だというんだから信じられない思いでいっぱいです。

そのアユの姿焼きを作るのは、「志むら」という和菓子屋さん。あまりにも高い再現性には、ため息が出るばかりです。

和菓子の「アユの姿焼き」は、白練りきりにあんが包まれたもの。昆布粉や抹茶などで、アユらしい模様を着色しているんだそうです。とても細かな作業であることは、見ただけでわかります。こんなに優れた腕を持つ和菓子職人は、広い日本にも多くはいないでしょう。

アユらしさを出すためには着色だけでは足りず、さらにバーナーなどで微妙な焦げ目がつけられているようですよ。アユの姿をした型があり、形はそれで作るのだろうと思っていました。ところが型なんていうものはなく、全てが手作業なんだと言います。和菓子の「アユの姿焼き」のことを知れば知るほど、頭が下がります…。

アユの姿焼きの他に、アユの踊り焼きもあります。踊り焼きは身のくねりを再現しないといけないので、姿焼きよりさらに形成が難しいようです。全く同じアユの姿焼きや踊り焼きは、この世に二つとありません。どれもそれぞれ微妙に違う表情をしているのは、手作りならではの魅力です。

これは食べて味わうよりも、見て楽しみたい。でも和菓子屋さんというからには見た目だけじゃなく、味にも素晴しいものがあるはず。丹精込め、手間隙かけて作られたことを思うと、こんな立派なアユの姿焼きを崩してしまうのは心が痛みます。

でもせっかくの和菓子を食べないまま飾っておき、風味が落ちたり傷んだりしてしまった方が、職人さんの心は痛むことでしょう。